長谷川等伯の東京国立博物館所蔵「松林図屏風」は、日本画の歴史の中でも三本指に入る名画と私は思っている。最小限の墨の濃淡のみで朝霧立ちこめる松林を表現している作品なのだが、中国から伝わった水墨と屏風で制作されていながら何故か 日本を感じさせる絵 だ。 その理由として、モチーフは日本人が慣れ親しんでいる松である点。技術的な面では、山水画ではない為に三遠法を使用していない点。又、筆の巧みな技術を全面に押し出して緻密に描き込みをする中国の水墨画寄りではなく、墨の滲みや柔らかいぼかし等で表現する日本的作風になっている点。そういった要素が “正に日本的” と思わせる所以だと思う。
しかしこの作品、絵画にとって一番要である空間は日本でも中国でもなく、実は西洋的 だと私は思っている。 私は先のテキストで
「日本は支持体の平面を受け入れた故に、現実を無理矢理2次元にプレスしたような歪んだ空間が出来た」
と記載した。しかしこの作品の空間は歪んではおらず、違和感なく松林が広がっているように感じる。対象の位置関係から空間を読み取る絵ではなく、本当にそこに現実空間が広がっているような絵であり、正に 西洋絵画的な空間表現 だ。
もともと等伯はこの作品に限らず金碧画であったとしても、メインの対象以外の部分は余り描き込まずに余白を広く取る傾向がある。その為に日本画の特徴である “対象の位置関係から空間を読み取る絵” にはなり難い。同時代の狩野永徳の作品とは基本的に違っており、特にこの作品は日本的だが「日本画らしからぬ日本画」に仕上がっている。 等伯の作風を受け継いだ画家が居ないのは、表現している空間の違いを正しく理解していた弟子が居なかったからではないだろうか。何とも残念な話だ。
長谷川等伯の「松林図屏風」は、同時代の作品とも 又 過去のどの作品とも似てはなく、時代を感じさせない無二の作品だ。それは「日本的でありながらも表現している空間は西洋的」という、洋の東西を超えた作品 だからだと思っている。私が思うに、日本画No. 1 はこの絵だ。
2022年 記
