今年のお盆に、新幹線で山形へ帰省した時の事。台風が接近している影響なのか、新幹線の窓から見える空は装いの違う雲が幾重も重なり、大気の境い目を沿うように流れていた。普段は分からない大気の層が目に見えるようで、思わずスマホで写真を撮ってしまう位の感動だった。 しかしその撮った画像の雲は、窓から見えた時のような雄大さも立体感も無く、余りにも実態とは違っていてガッカリしてしまった。このままでは悔しいので、これを機会に理由を纏めようと考えた。
先ず雄大さ。これは実際の空とスマホの画像を比べているので、物理的な大きさが違う事に因るスケール感は仕方がない。
そして次に、幾重にも重なった実際の雲は立体的に見えるが、画像の雲が そうは観えない点。 空にある雲を見る場合は3次元の立体を両目で見る為に、左右の目の視線の微妙な角度の差異から立体を知覚する。しかし絵や写真の対象は実際には立体でない為、画像の雲を両目で観ても差異は生まれす、角度のズレから立体感を知覚する事は無い。画像では明るい雲と暗い雲の明暗対比により、画面に対して重なり合うように手前と奥への奥行き感は感じるが、立体的とは違う。そして この違いこそが、3次元の現実世界で空間を知覚する感覚と、2次元の絵画などにおいて空間を知覚する感覚の違いになる(2次元の絵画の場合は、明暗対比以外にも空間表現の方法は複数あるが)。
こうやって冷静に考えて記載してみると、スマホの画像が実物と違っているのは当然と言える。私は絵画空間について毎日のように考えており、そんな事は分かっていた筈なのに自分で撮った画像にガッカリしてしまった。そしてガッカリした自分に対して、更にガッカリした。
まだまだ修行が足りないようだ…
※現実世界と絵画の見え方の違いの分かり易い例として、現実世界を片目で見る方法がある。それまで把握していた、目に見えない空間が突然感知されなくなる。視界に入る全てが同一平面上に在るように映り、圧迫感を感じる。巨大な絵画で視界全てが塞がれているような感じだろう。全く同じとは言わないが、絵画とは このような世界だ。
2023年 記
