好きな映画と絵画の類似


余りにもベタベタで言うのも恥ずかしいが、ジャン=リュック・ゴダールとアンドレイ・タルコフスキーの映画が好きだ。タルコフスキーはどれも好きだが、ゴダールは「気狂いピエロ」一択である。 タルコフスキーの映画は絵画で言うと写実的技法で制作されたような映画であり、ゴダールの「気狂いピエロ」は抽象画のようだと私は思っている。

タルコフスキー作品の「鏡」の中で、草原に風が吹き草が揺らめいてなびくシーンがある。何て事はないありふれた普通のシーンなのだが、実はその風、ヘリコプターで人工的に起した風だと言う。その風には全く違和感がなく、まさか画面の外でヘリのプロペラが回っているとは思えない自然さだ。このようにタルコフスキーは人工的に樹を植えたり風を起こしたりするのだが、その撮り方は本当の自然に観えるし美しい。 そして写実的に描かれた古典の芸術絵画も同じように、違和感なく本当にそこに人が居るような・風景が広がっているような描き方だ。絵画も映画も造りものでありフィクション だが、その表現の仕方は “造りものとは感じさせない” ような技法でリアリティを体感 させようとしている作品だ。

対してゴダールの「気狂いピエロ」は造りものである事を逆手に取り、不自然さを敢えて表現として取り入れている。例えば部屋全体が真っ赤に照らされ、次には緑になったり。他にも、シーンの途中に絵画やポスターの画像が突然写し込まれたり、急に音楽が流れ出したり唐突に音楽が止んだり。だが現実(リアル)で生きている私達も、生活の途中で目の前の景色以外の風景を想い描いたり・絵画作品を思い出したり、頭の中に音楽が流れたりもするだろう。その感覚を、ゴダールは造りものならではの映画の手法で表現した。抽象絵画も同じように、目の前のモチーフをそのまま描くのではなく、“造りものである事を全面に押し出し” てリアリティを体感 させようとしている作品である。 そういった視点から、タルコフスキー作品は写実的絵画と、ゴダールの「気狂いピエロ」は抽象絵画のようだと私は感じている。

映画は総合芸術であり、撮り方や魅せ方のみではなくストーリーも作品の構成要素だ。特にタルコフスキー作品においては内容も素晴らしく、人間にとって大切なことを監督は伝えているのだが、リアリティを体感させる為にどう撮ったのか? 絵画の場合ならどう描いたのか? どうやら私は、他のメディア(媒体)では出来ない “そのメディアだからこそ出来る表現方法で” リアリティを体感させている作品が好きなようだ。

2022年 記

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