中核的芸術の意義・必要性


レッドダイヤモンドの指輪・・・2億円

高級車・・・数千万円

ポロックの絵画・・・260億円

宝飾品や車と比べても芸術作品は桁違いに値が張るが、一般の人々が全く関心を示さないのは何故か?

 ⇒ 宝石や車はその所有者を満足させ幸せにするだけだが、中核的な芸術は 人類の生きた証でもあり文化遺産 だから。 中核芸術は個人にとって価値あるモノではなく、人類にとって必要なモノ。

中核芸術が単にキレイなだけ・楽しいだけなら、こんなに長くは続かない。では、何故続いているか?

  ⇒ 中核芸術は人間にとって必要だから。人を幸せにする 力があるから。

作品を鑑賞し、ある事がらについて考えさせられた・モノの見方が変わった・勇気や元気が出たなど、そういった感想は大切であり作品を鑑賞する上での醍醐味の一つではあるが、制作者のメッセージを受け取る事とは別にもう一つ、中核的な芸術作品を享受するという行為には、享受する側を “自己の内面と向き合わせる” という側面もある。

作品を観て・読んで・感じて・深く思考する事により、自分の好み つまり自分の価値観を自覚する。ひいてはそれが自己分析にも繋がり、自己の内面と向き合う事になる。

中核的芸術は、過去を振り返り自己と向き合わせ、“考えるきっかけ” を与えてくれる。

自己と正面から向き合い 過去と今の自分を受け入れた結果、人は自分の人生を肯定的に 前向きに生きて行けるようになる。中核芸術はそのきっかけを与えてくれる。

ただし世の中には、そんな中核芸術に触れることなく自己と向き合い 自分の人生を歩める人も居て、中核芸術が必要ない人も沢山存在している。

人には、向き合いたくはない・無かったことにしたいような過去がある人も居る。しかし もがき苦しみながらも、逃げずに過去とも向き合っている人。そんな人達が、人の傷みが分り・他人に優しく出来る人達なのだろう。

娯楽映画やゲーム等から受ける楽しさは、現実の嫌な事を忘れさせる楽しさ。中核芸術は、現実の嫌な事とも向き合わせる。目を背けさせずに考えさせ、乗り越えるきっかけを与えてくれる。 そこが 娯楽と中核芸術の違い

書道や剣道、茶道などの日本の芸事・芸道では、稽古や鍛錬によって技を磨くとともに自己と向き合い、人としての成長を目指しているのではないかと思う。 中核芸術の自己の内面と向き合わせるという役割が、日本では芸道も担っている。

芸道の他にももう一つ 日本には「禅」もあるが、自己と向き合う事を目的としている禅に対し、中核芸術や芸道は目的ではなく結果であり、そういう側面もある という事。

2021年 記

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