ピート・モンドリアンは1919年頃から、グリッド線に囲まれたスペースを赤や黄、青で彩色したコンポジションのシリーズ作品を、20年近くに亘り多数描いた。
モンドリアンは完全性を探究し、調和を表現する為に抽象画を描いていたという。確かに垂直・水平線と基本色から成るその作品は、足し引きが出来ないような完全さを感じさせる。 だが長年描かれ続けたその作品は、白地に垂直・水平の黒いグリッド線に三原色 又はグレーの彩色と、作品の基本構造は変わらないまま制作されたが、徐々に変化を見せている。
そのシリーズ初期の作品では、黒いグリッド線が物理的なキャンバスの縁まで到達している線と、縁の一歩手前で止まっている線とが一つの作品の中で混在している。モンドリアンは最初から幾何学的な抽象画を描いていたのではなく、実在する対象を抽象に還元してスタイルを確立した作家だ。その為 描く形象は幾何学的だが、構造的には背景というバックがあり、その手前に幾何学的な対象を描いている。グリッド線が縁の手前で止まっているのが原因で、絵画空間的には因習的になってしまっているのが初期作品の特徴だ。
次にモンドリアンは、その黒いグリッド線をキャンバスの縁まで全て到達させた。その事により、背景が地で幾何学の形象が図という関係性は無くなり、因習的な空間構造は解消された。全てが同一平面上に並列され、赤や黄色などの色面はキャンバスを超えて上下左右に拡張するようになった。完全な幾何学的形象と基本色のみ、そして その拡張する空間性故に、今までに無い新しい絵画だ。
しかしモンドリアンは、その絵画をまた変化させる。赤や黄、青の彩色された領域は小さくなり、白地のスペースが多くなる。そして黒いグリッド線自体も、細い線と太い線とで表されて動きが出てきた。またグリッドの区切りで生みだされる領域も、完璧であるが故に動きのない正方形ではなく形に変化が表れ、領域を画面の外へ向かって押し拡げるような構成になり、画面全体に運動性が感じられるようになった。
そして晩年、作品から黒い色彩は消え、三原色のグリッド線が動きのある配分で構成された作品へと帰結した。
モンドリアンは自身の作品に、完全性や調和を求めていた。そしてその完璧な作品を実現するには、絵画に対し厳しい姿勢が必要だっただろう。それを証明するかのように、写真を見るとモンドリアン本人も厳格な顔つきをしている。更にモンドリアンは、アトリエの内部ですら作品のように線で区切っていたそうで、その完璧な作品制作の為に、生活全てをストイックに自己管理していたのが伺える。
しかしモンドリアンは、追求していた黒のグリッド線による調和の取れた絵画から、最終的に三原色による動きのある作品へ行き着いた。追い求める理想が変わったのかどうかは分からないが、実はその変化にこそモンドリアン本人の人間性が表れているのだと私は思う。 どんなに完璧な理想を掲げても、現実世界で生きているのは不完全な人間だ。長く生きてきた事で不完全さをモンドリアンが容認出来るようになり、排他的な理想が変化して作品も変化したのでは、と勝手に解釈している。
一人の作家が生涯に渡り制作し続けた作品から、その作家の思想までもが見えてくる。前にも書いたが、やはり絵画は面白い。
2023年 記
