それにしても、これ程までに不思議な絵があるだろうか?
アンリ・マティス 1914年作「ノートルダムの眺め」
不思議と言うより、芸術の魔術とでも言いたくなる。徹底的に無駄を省き簡略化され 未完成作品のようにも関わらず、絵画としての空間が表現されている 絵だ。魔術と言わずして何と言おう? その絵は、高い位置からノートルダム寺院を眺めた風景画なのだが、本当にシンプルでタイトルを読まなければ描いた対象も認識出来ないだろう。現在ならば、描いた対象が識別出来ない抽象画も皆んな見慣れているだろうが、この時代にしてこの描写、且つ 画面がほぼ水色一色というアバンギャルドな作品。当時の人々は本当に驚愕したことと思う。
それにしても、この思い切りの良さは真似できない。これで完成? まだ下書きの段階では?と思いたくなるような仕上がりで、実際 彩色もムラだらけだ。しかしマティス作品の特徴の一つだが、下地が透けて見えるような薄い彩色だからこそ、抜け感があり空間が感じられる。特にこの作品の場合は、全体の色彩が白の混じった水色の為、全体をムラなく隅々まで彩色していたら画面は平面的になり抜け感は無くなっていただろう。マティスの、この “空気に当てられたような” 塗り方は、当時としては新しい描き方 だった。
また、寺院を含めた全てを簡略化して描いている点についてだが、画面の中に見るべき中心があると 人はどうしてもその部分に注目してしまい、色彩の広がりの妨げになる。マティスは人物画の場合でも画面から顔という中心を無くす為に、目・鼻・口を省略し のっぺらぼーで描く場合もあった。そういった理由から、この作品も全てを簡略化して描いたと思われる。当たり前の話だが、全ては意図的にそう描いたのである。
マティスの作品は一見 制作途中の作品に見えるだろうが、本当に満足するまで熟考を重ねて描き直しを繰り返している。色彩の効果を最大限発揮するよう考え抜かれた作品 であり、その描き直しは作品の痕跡からも見て取れる。一般の人達にはピカソ程の認知度はないかもしれないが、その仕事振りは玄人受けするものであり、近代を代表する偉大な作家だ。特にこの作品は時間を掛けても、又 お手本があってもマティスでなければ絶対に描けない、オリジナリティ溢れる作品だと思う。
2022年 記
