アンリ・マティスは、ダンスと題する絵画を2点制作した。自分の作品の中に自分のダンスの絵の一部を描き込んだものもあれば、後年には壁画も制作している。また初期作品の「生きる喜び」の中央には、ダンスと同じ構図の踊る人々が描かれてもいる。余程この題材は、マティスが作品を制作する上での表現したい内容に適した題材なのだろう。ここでは、2点の絵画作品「ダンスⅠ」「ダンスⅡ」について記載しようと思う。
「ダンスⅠ」においてマティスは、視線が絵の中でグルグルと循環するよう誘導 している。その循環の始まりは、画面右下に居る左から3番目の人物(左足が画面から切れている人物)の右足から始まる。視線は右足から身体に沿って、真っ直ぐに左手まで伸びる。そして左から1番目の人物の右手へ繋がり、そのまま2番目・4番目・画面右端の5番目の繋いだ手沿いに視線が移動した後、また最初の3番目の人物へ戻りこれを繰り返す。
最初の3番目の人物の左手と次に繋がる右手は離れている。しかし右から2番目の人物の膝がこれを補足し、離れているからこその緊張感が保たれたまま、これを繋いでいる。左から1番目の人物の左手は、この輪の中にあって1番のカーブを描いているが、身体から左脚にかけて同じカーブを描く事でそれを補助している。このカーブの向きと逆方向の右脚は、輪郭線も含めて目立たないように薄く彩色されて視線の流れを妨げない。最後の5番目の人物から最初の3番目の人物へ視線が戻る箇所では視線が直角に誘導されて多少無理があるが、5番目の人物の左脚が同じ方向性でこれを補っている。そして5番目の人物の右脚も1番目の人物の右脚同様、視線の移動を妨げないような薄い彩色だ。更に人物の髪も全て、この方向性に沿った髪形として描かれ、循環を助けている。
「ダンスⅠ」と比べると「ダンスⅡ」の人物は動きがダイナミックであり、人物の描写も描き込まれている。「ダンスⅠ」の人物の輪郭線は、視線の循環を補うような部分は黒くハッキリとしているが、妨げになるような部分は薄い色で施されている。しかし「ダンスⅡ」の輪郭線はほぼ同じであり、人物のダイナミックな動きの補助的な輪郭線になっている。朱色の人物の塗り方も概ね一様で、特定の箇所のみを強調したい・抑えたい等の意図は感じられない。
思うにマティスは「ダンスⅠ」と違い「ダンスⅡ」では、その ダイナミックに描いた人物全てを一塊のグループとして、画面から浮き立たせようとした のではないだろうか。髪の色も肌と同系色で肌と同化しているし、彩度の高い朱色の人物全体を引き立たせるように、背後の青も明度を落とした彩色になっている。また「ダンスⅡ」と連作の「音楽」でも同じような彩色によって、音符記号のように配置された人物が浮き立っているのも、私がそう考える理由の一つだ。
このように「ダンスⅠ」と「ダンスⅡ」では違う効果となっている為に、どちらかが成功でもう一方が失敗という事はない。マティスは同じ題材で、しかも同じような構図と彩色でありながらも 違う課題に挑んでいた。脱帽。
2022年 記
