ジャクソン・ポロックは、芸術絵画の世界に複数 新しさを取り入れた。
①制作する際の視点が支持体と正面から対峙しなかった事
②絵筆を支持体に直接触れずに描いた事
③今までにない新しい空間を表現した事
①②に関しては、ポロック以前にもそういった方法で制作するケースや作家も居たが (①・・・卓上で描く場合 ②・・・マックス・エルンスト)、その手法で芸術作品にまで成立させたのはポロックが最初だ。 そうして制作された絵画には素晴らしい作品が多数あるが、特に私が個人的に素晴らしいと思っている作品は「ナンバー1A(1948)」「ラベンダーミスト(1950)」「One:ナンバー31(1950)」「秋のリズム(1950)」の4点だ。一見どれも同じように観えてしまう作品とは思うが、やはりそんな事はない。
「ナンバー1A」は、厳密にはポロックがオールオーバーなスタイルを完全に確立する前の作品の為、未だ多様な要素が混在している。 ベースとなる白・黒・シルバーの他にも黄色やピンク等の有彩色があり、また手のひらでスタンプしたであろう箇所が画面右上や左端に見てとれる。 線を目で追っていくうちに、その線が奥へ退いたり手前に飛び出したりと、網目が複雑に絡まり合い身体が覆い尽くされるような、前後の感覚が分からなくなるような感じがポロック作品の特徴 だが、この作品では有彩色や手のひらのスタンプに気が取られ、自分の立ち位置が分からなくなる感じが、部分的だが 多少妨げられている。
「ラベンダーミスト」は有彩色の割合が更に多いが、「ナンバー1A」と違い画面全体に彩色されている為に唐突感はなく、画面が統一されている。また、ポロックの行為がキャンバスの端まで達している事から全体が均一的で、この作品が一番オールオーバーと言えるかもしれない。 しかし画面を見ると絵の具の痕跡は細かく、ポーリングと言うよりはドリッピングに近い。ドリッピングが悪い訳ではないが、制作過程の最後に、細かい白やシルバー等の明色で画面を一様に覆った事により、網目が複雑に絡まり合う感覚というよりは、タイトル通り全体が霧のような 霞がかった印象になっている。
「One:ナンバー31」こそ、ポロックの最高傑作と思う。色も統一されていて、没入する妨げになるような・気を取られるような色彩はない。ポロックの行為は、物理的なキャンバスの縁手前までに限られている。「ラベンダーミスト」と違い厳密にはオールオーバーとは言えないが、絵の中に枠組みがあるからこそ本当のキャンバスの端が意識されず に、絵の中に入って行く事が出来る。
「秋のリズム」は素晴らしい作品であり私も好きな作品だが、実は「One:ナンバー31」のように仕上げる過程の、制作途中の作品だったのではないかと思っている。また「ナンバー32(1950) 」という黒一色の作品は更にその前段階の作品ではないだろうか。制作の順番としては「ナンバー32 」 →「秋のリズム」→ 「One:ナンバー31」の順になる。 実際「One:ナンバー31」の絵の具の重なり具合から後半の行為を想像で排除すると「秋のリズム」のような画面が見て取れるし、「秋のリズム」からも同様に「ナンバー32 」のような行為の跡が見て取れる。どちらも制作途中の段階だったが、思いがけず良い感じに仕上がったので、その状態のまま完成としたのだろう。
「秋のリズム」の色彩は、制作途中だからだろうか?シルバーの彩色も無く色数が少ない。少ないと言うよりは抑えられていて、ベース色のみとも言える。線は「One:ナンバー31」のような制作後半の重なりの行為がない為に、目で追い易い。また これも制作途中だからか、透けて見えるキャンバス地が多い。そして茶系の色彩がキャンバス地と同化して見え、白と黒のモノクローム作品のようでもある。だが実はその 茶系がポイント であり、彩色された茶系が物理的に一番奥のキャンバス地と同一平面までに退いて見える事によって、前後の感覚が曖昧になり複雑な空間が現れてくる。この作品は、キャンバス地と同化して見える茶系の彩色が無く白と黒のみだったら、ここまで成功してはいないと思う。
私は「One:ナンバー31」が最高傑作と考えている為、この作品と比べて他を多少批判的に記載してしまったが、だからと言って他の作品の芸術的価値に変わりはなく、素晴らしい作品であるのは間違いがない。 ポロックが「One:ナンバー31」以前にも身体を覆い尽くすような、前後の感覚が分からなくなるような新しい空間を表現していたからこそ、それに続いてロスコやニューマン、ルイス達も素晴らしい作品が制作出来たと思っている。
ジャクソン・ポロックの作品、特に「One:ナンバー31」は 人類の原始的作品のよう であり、それでいて 繊細で近代的 にも感じられる、類を見ない 人類を代表する中核的芸術絵画 だ。
2022年 記
