ブランクーシについて


先日、コンスタンティン・ブランクーシの展覧会を観に行った。ブランクーシの知名度は、世間一般に そこまで浸透してはいないように思えるが、オーギュスト・ロダンを正統に受け継いだ彫刻家だと私は考えている。そして この展覧会は、それが確認出来た良い展覧会だった。

ブランクーシはロダンの工房で働いたが、わずか1・2ヶ月で辞めてしまったらしい。しかし短い期間ではあったが、その当時の芸術や彫刻において何が重要だったかを、ロダンの作品から正しく学んだようだ。それは、美術においては画家のエドゥアール・マネから始まり、最終的にモダニズムへと続く、自らを再検討していく作品

マネは仕上げのワニスを施さず、また筆触を残すことで、絵画は絵の具で作られていることを観る人に思い出させた。そしてロダンはマネの作品から学び、「考える人」を制作する。「考える人」は その当時の彫刻界において、かつて無い位に荒い仕上がりだ。そして人物のポーズや台座など、作品全体の形状から直方体のモノリス (一枚岩) を観る人に感じさせる。つまりマネ同様に、鑑賞者に “その媒体のメディウム” を知らしめた。そしてロダンがマネから学んだように、ブランクーシはロダンから学んで「接吻」という作品を制作したのだろう。「接吻」は直掘りという技法も相まって、素材そのままと思えるような装いだ。ロダンの「考える人」以上に、素材の形状そのままだ。 だがブランクーシは その後、「接吻」を更に推し進めた作品を制作する。「眠れるミューズ」は、最小の彫りで眠った女性が表現されており、まるで 素材がそのまま展示されているよう だ。そして最終的に、彫ってすらいない「空間の鳥」のような作品で、ブランクーシは 抽象への道 を拓いた。

デヴィッド・スミスなどの その後に続く彫刻家の作品は、たとえ直接的な影響が無かろうと、ブランクーシが居なければ制作されなかったと私は思っている。

今回の展示では親交のあったマルセル・デュシャンの作品も展示されていたが、ブランクーシはデュシャンなどと同列に語られるような作家ではない。絵画の世界でいえばパブロ・ピカソやアンリ・マティスと同等であり、抽象彫刻への道を切り拓いた、近代以降の彫刻家として最も重要な作家 だ。

2024年記

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