ピカソ「アヴィニヨンの娘たち」


パブロ・ピカソの「アヴィニヨンの娘たち」は、ピカソの代表作であるばかりか、20世紀絵画を代表する作品の一つとも言われている。キュビスムの発端となり、その後の絵画芸術に多大な影響を与えた作品だ。 しかし私は、キュビスムという新しい中核芸術を生み出す契機となった作品ではあるが、ピカソの代表作と呼べるのか疑問を感じている。代表作と言うよりは、その後のピカソの方向を決める分岐点になった作品と思っている。

アフリカ彫刻やイベリア彫刻、エジプト美術の影響を受けて描写された女性が5人描かれている。画面向かって右上の女性以外の顔は複数の視点から描かれており、右下の座った女性は顔と身体の視点すら違っている。そして この描写こそが、後のキュビスムへと発展する要素だ。しかし複数の視点から女性を描いてはいるが、その後のキュビスムの作品とは大きく異なっている。

ほぼモノクロームと言っていい分析的キュビスムの作品と違って この作品には色彩があり、茶系統・青系統・白系統に領域を分けて彩色している。大まかに茶系統とは言っても茶・肌色・ピンクと多様ではあるが、それでも同じ系統の色がまとまっている。その為、女性の身体やカーテンなどが多角的に描かれていても複数の視点からの描写には見えずに、一つの大きな領域に見えてしまう。作品全体として観ると、大きな領域を単色で彩色したマティスの作品のような印象だ。

ざっくり言うと、マティスは対象を簡略化し、大きな領域を色彩で表現する。対してピカソはその逆で、対象を解体・再構築し、明暗で表すのに長けている。しかし この作品に描かれている対象は、多角的な視点だが陰影は強くなく、また色彩には全体的に白が混じっており平面的だ。多視点からの表現と広く平面的な彩色と、真逆の表現方法が混在している。

私はピカソが この作品を描いた時、後のキュビスムのような表現方法は未だ考えていなかったのでは、と思っている。実際ピカソは「アヴィニヨンの娘たち」を「悪魔払いの絵だった」と語っている。作家の立場の人なら理解してもらえると思うが、頭の中にある構想が日を追う毎にどんどん大きくなり、頭から離れなくなる事がある。どんな形でもいいから外に出さないと、他の事が考えられなくなる。おそらくピカソは、アフリカ彫刻などから得た多視点の着想に囚われており、吐き出すように出力してスッキリしたかったのではないか。そういった意味で「悪魔払いの絵だった」のだろう。

私は「マ・ジョリ」こそが、ピカソの最高傑作と考えている。ピカソの長所である対象の解体・再構築と明暗による描写が徹底していて圧倒的だ。しかし「アヴィニヨンの娘たち」は、その後に続くキュビスム的描写に振り切れてはなく、未だ多様な要素が多い。しかし、それを責める事はできない。スタイルを確立する前の模索の期間はそういうものだし、天才のピカソですら そんな作品があった、という話だ。

無自覚なまま制作し、その作品の良さに作家自身が後から気付くのはよくある。ピカソは、マティス的要素も含んだ この作品を無自覚なまま制作したのだろう。しかし最終的にピカソは、この作品からマティスの道ではなく、やはりピカソの方を選んだ。 そしてブラックの先導もあったとは思うが、この作品以降 ピカソは分析的キュビスムへと一気に振り切り、今までに無かった新しい中核的芸術絵画を創り上げた。そういった意味で、私は「アヴィニヨンの娘たち」は分岐点になった作品だったと思っている。「マ・ジョリ」のような完成作品は当然素晴らしいが、「アヴィニヨンの娘たち」のようなターニングポイントになった作品も、それはそれで興味深い。

2023年 記

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