ポロックの作品を無数の線が重なり合うミクロ的な様相とするなら、抽象表現主義のもう一方の雄 バーネット・ニューマンの作品は マクロ的様相 と言えるだろう。細かい要素は取り除き本質のみで表現した、広い視点で全体を把握したような・俯瞰して物事を捉えたような感じがマクロ的だ。 2人は、享受する者が 包み込まれるような・眼前に空間が無限に広がっているような感覚 を覚える同じような空間を、お互い対極的な全く違う描き方で表現しているというのが興味深い。
ニューマンの作品は、ポロックと違って作品に偶然の要素が盛り込まれてない為に、作品の出来不出来のムラが少ない。スタイル確立後は作品全てが、概ね一定の水準は維持していると思う。ただ そうは言っても、同じように見える作品にもジップ (色の線) の幅などに変化は見られる。
眼の前に、視界を覆い尽くすように広がる色面が在る。それだけでは奥行きも感じないただの色面だが、そこにジップが入る事によって色面とジップに奥行きが生じる。そしてジップを挟んだ両隣りの色面がジップの背後で繋がっているように感じ、並列してあるだけの色面が無限の空間を持って広がっているよう に感じられる。 ニューマンは、自分の作品を享受する際は、出来るだけ絵の近くで観て欲しいと語った。それは鑑賞者の視界を出来る限り色面で塞いで絵画空間の中へ沈める為であり、先に記載したような無限に広がる色面の空間を体感する為には、キャンバスの外が視界に入っては体感の妨げになるという理由からの、制作者ならではの要望ではないだろうか。
ジップが太い作品やジップが描かれてない作品の場合は、色面と色面による奥行きの表現となり、細いジップの場合とは空間の観え方が違っている。 ジップの幅はある程度細く色数も少ない方が より効果が高いと私は感じている為、個人的に素晴らしいと思う作品は「Cathedra(1951)」「The Voice(1950)」「Onement Ⅵ(1953)」辺りになる。他にも好きな作品は多数あるが、表現として多少控えめな方がニューマンの空間性は体感し易いと思う。
ニューマンの作品は本質のみで表現したそのシンプルなデザイン等から、ある意味究極の作品 とも言えるだろう。彼の作品と比べると、どんな作品も詰め込み過ぎで手がかかり過ぎた作品に観えてしまう。ニューマンとその後に続くカラーフィールドの作品以降、本当の意味で新しい中核的芸術絵画が生まれていないのも頷ける。こんな作品出されたら、次は何を描けばいいんだ と皆んな思うだろうし、私も感じている。 しかし、だからと言って新しい方法での空間創出を止める事は出来ない。芸術とは「過去の美的高質の継承」である。ニューマンを受け入れ・呑み込み、次に繋げなければならない。
2022年 記
