思うに、フィンセント・ファン・ゴッホ「葡萄園とオーヴェールの眺め」のような、矩形の中で空や庭など一つのモチーフが 一定以上の領域を占める作品で、ゴッホは 色面を振動 させようとしていたのではないかと思う。この作品では畑を彩色するにも多様な緑を使い、あえて筆跡を残して流れを知覚できるようにし、画面を揺れ動かそうとしていたのではないだろうか。 しかし、作品の色彩には白が混じっているが故に平面的で、多様な色彩は逆に一筆一筆を注視させてしまうので視線が固定され、又 厚塗りの為に重苦しく、色面を振動させるという点においては成功していないように思われる。
ゴッホとは全く逆の方法で、色面を振動させる事に成功したのはアンリ・マティスではないだろうか。マティスの色彩は薄く軽やかで、空気が通っているようでボリュームがあり揺れ動いている。そして、その色彩には空間が感じられる。
画面を振動させるのとは違う効果だが、クリフォード・スティルの色面もゴッホと同じ様に、テクスチャーが凝り過ぎているが為に画面を注視してしまい、大画面にも関わらず身体が覆い尽くされるような感覚にはならない。反面、バーネット・ニューマンは画家としての手技を捨ててまでも色面の効果に徹底したが故に、無限に広がる色彩空間 を体感させる事に成功したのだと思う。
しかし、ゴッホのこともスティルのことも責める事は出来ない。新しい方法で空間を表現している中核的芸術を創り出すとは、実践の繰り返し である。失敗があるからこそ、そこから学び成功がある。ゴッホもスティルも、未だ見ぬ新しい芸術へ挑戦した勇者だと思っている。
※当然だが、ゴッホとスティルを否定しているのではない。ゴッホにもマティスには無い優れた点が、スティルも同じようにニューマンには無い優れた点がある。 物事にはプラスとマイナスの面があり、テクスチャーが凝り過ぎると、色面の振動や広がりの妨げ になる事を記載したかった。
2021年 記
