レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は、超有名な絵だ。普通に教育を受けた人なら一度は目にしたことがあるだろうし、「モナ・リザ」という題名も聞き覚えがあると思う。作品といい題名といい その認知度の高さからいって、「モナ・リザ」が世界で一番有名な絵画なのに間違いはないだろう。 そしてレオナルドには「モナ・リザ」以外にも、「岩窟の聖母」や「最後の晩餐」など素晴らしい作品が多数ある。更にレオナルドは万能の天才と称されるように、建築・数学・解剖学・天文学など多数の分野で際立った業績を上げており、人類史上で最も多才な人物とも言われている。「モナ・リザ」という作品よりも、レオナルド・ダ・ヴィンチという人自体が、特別な存在として広く認知されている。
では、そんな天才の描いた絵は どういった作品だろうか? レオナルドの作品は、今なお様々な視点から研究し続けられているが、ここでは あくまでも中核的芸術絵画の視点に立って、私が考えるレオナルドの偉業と弱点を記そうと思う。
レオナルドが生きた時代は、ルネサンスが起こってから150年位が過ぎた頃。絵画の世界では中世時代の特徴である険しい表情の人物像も、ジョット・ディ・ボンドーネにより生きた人間として表情豊かに描かれてはいた。しかし それ以外の、例えば人物の肉付けや自然界の描写は未だ稚拙だった。簡単に言うと、それまでの絵は遠くの物が遠くにあるようには見えない絵だった。 だが、レオナルドの絵は違った。彼の絵は、絵の中に本当に人が居るような・自然が本当に広がっているような、そんなリアリティあふれる絵だった。それを実現出来たのは、レオナルドがテクニックに長けていたからではある。だが それだけではなく、彼は画家としての驚異的な手技以外にも、他の画家と違って科学者としての目も持っていた。彼は、物には輪郭線が無い・手前から遠ざかるにつれて物は小さく見える・遠くの風景は青みがかって見えるなどを発見。解剖学や幾何学などの知識で人や自然の見え方を解明し、絵画として表現した。レオナルドの絵は絵空事には感じられず、絵に描かれた出来事は、まるで観ている私達の目の前で起きている現実世界のようだ。今までには無かった そのリアルさが、レオナルドの特徴であり新しさだった。
そして私は このリアルさ こそが、彼の強みであると共に弱点でもあると思っている。
ルネサンス時代の絵画は、ほとんどが宗教画だ。神話上の人物や天使が描かれていたり、奇跡の場面を描いてもいる。しかしレオナルドの絵は あまりにもリアルで現実感があるために、神々しさや神秘性が感じられない。幼いキリストは遊んでいる子供に、跪いた天使は使用人のように見えてしまう。頭の光輪が無ければ、聖なる人とは分からないだろう。ディエゴ・ベラスケスが描く人物よりは理想化された聖人達ではあるが、それでもベラスケス同様、それっぽくは見えない。おそらくレオナルドは、世の中を探求し現実世界を写し取ることにのみこだわり、絵としての神秘性や物語性には無関心だったのではないか。レオナルドのデッサンや習作を見ると、構図や空間性など絵画としての問題ではなく、違う問題に向き合って描いているように感じる。また、新しい画材の実験的な使用をはじめ、水の流れや植物の形を解明しようとしたり、自然と人間の関連性を見出そうとするなど、私的に、レオナルドは画家と言うよりは、べらぼうに絵が上手に描けた科学者といった感じだ。 そして興味深いのは、「モナ・リザ」という傑作が生まれたのも、それが起因しているということだ。
「モナ・リザ」は肖像画であり、そこに宗教的な神秘性は必要ない。肖像画というジャンルは、科学者の目で観察し、対象を冷静に写し取るレオナルドの制作スタンスに合っていたのだろう。レオナルドの画業における肖像画の占める割合は多いが、やはり その中でも「モナ・リザ」は彼の集大成と思う。自身が完成させたスフマート技法を駆使し、細部に至るまでの綿密な描き込みと徹底的にリアルな描写で、絵の中に本当に婦人が存在しているようだ。そして、背後の風景と相まって どこか現実感が希薄な その婦人は、宗教的な神秘性とは また違った神秘的な笑みをたたえ、500年以上経った今なお、世界で一番有名な絵画として世界中の人々を魅了し続けている。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、他の画家とは違う魅力を持った不思議な作家だ。絵画作品は当然素晴らしいが、芸術以外の分野でも彼が構想・設計し、当時から既に実用化されたのもあれば、後年実用化された技術もある。画家として語られてはいるが、もし絵を描いてなかったとしても後世に名を残しただろう。そういった、他の画家とは違う天才たる人物像。ひょっとしたら、その人間レオナルド・ダ・ヴィンチの底知れない魅力を解明しようと、今なお作品の研究が続いているのかもしれない。
2024年記
