マティス「肘掛け椅子の踊り子」


私は先のテキストでマティスの「ニースの大きな室内」という作品に対し、魚眼レンズで撮影したような描き方と記載した。そして、この作品も同様に複雑な作品だ。

  アンリ・マティス「肘掛け椅子の踊り子」

この作品、背景は全て同じだし、女性や花束の描き方も雑な部分が多い。しかし「ニースの大きな室内」同様、豊かな空間が表現されている。

市松模様を背景に、肘掛け椅子に座った女性が描かれている。女性の背景は全て市松模様であり、壁と床の境い目は無い。通常なら床の模様にはパースがかかり、奥に行くに順って模様は小さくなるが それすら無く、基本上から下まで同じパースで描かれている。そして同じパースの市松模様だからこそ、通常 (床にパースがかかった描写) とは違う空間が表現される。

先ず作品の上半分を観ると、背景の市松模様は壁に見える。次に下の部分を観ると床の模様に見え、それはそれで違和感は無い。そして、それを踏まえた上で作品全体を観ると、先に記載した「ニースの大きな室内」同様に、視点が移動しているような、湾曲した背景を背に、女性が手前に座っているように感じられる。それには、市松模様が定規で測ったような、キッチリとした描き方ではない事も関係している。多少歪んだ手書きであることが、知覚に基づいて空間を想像する一助 となっている。

また この作品も「ニースの大きな室内」同様に、支持体と同じ形状 (四角形) が繰り返される事で平面性も感じさせてもいる。私は、この作品は「ニースの大きな室内」の発展系だと思っている。

そして この描写には、もう一点ポイントがある。女性の背景の市松模様にはパースがかかっておらず一律だが、不思議と違和感がない。その理由は、女性や花束などが簡略化されているからであり、だからこそ背景全てが同じパースの市松模様なのも同様に、簡略化に因る描写と観えるからだ。 作品全体が簡略化されているからこそ、一律のパースで描かれた背景に違和感がなく、それ故に湾曲した空間を表現出来ている。

別の項でも記載したが、マティスは描く対象を省略したり簡略化して描く。その為に下手な作家と思われがちだが、この作品のように 省略や簡略化する事で、表現の幅を広げている。そして、それまでには無かった新しい方法での空間表現を実現している。

マティスの作品は、その描写や彩色の仕方などが一見雑に感じられるが、それは新しい空間表現の為であり、敢えてそう描いている。見れば見るほどに、新しい発見がある作家だ。

2023年 記

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