アンリ・マティス「背中Ⅰ~Ⅳ」(彫刻作品)


先日、マティス展を観に行った。その展覧会では、マティス作品に対しての再確認と新たな発見もあり、有意義な鑑賞だった。

先ず再確認出来た事とは、マティスがアングルやドガに学んで、縦の構造を有する作品を制作した事。それは「コリウールのフランス窓」や「窓辺のヴァイオリニスト」等で確認出来たのだが、実はマティスは画面を縦に分断しただけではない。先人が成した構造の効果をいっそう発揮する為に、対象を認識可能なギリギリまで簡略化している。そうする事によって、作品の構造を認知し易くしている。 そして私がマティスに対して新たに発見をした内容こそ その簡略化にまつわる件であり、それは絵画作品ではなく「背中Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ」という4つの彫刻作品を観る事で思い至った。

この4つの作品はブロンズ像だし立体なので確かに彫刻なのだが、私には絵画作品のように思えた。その理由として、後ろ姿の女性のフォルムの他にも四角い面のキャンバスのような土台がある点。また、対象の女性は年代を下る毎に抽象化しており、その抽象化の過程を自ら確認しているように思える点もそうだ。 しかし対象が抽象に向かってはいるが それだけではなく、対象を抽象化しても肉体のボリュームはしっかりと残しているのが特徴的だ。

実はマティスのヌードデッサンを観ると、描いては消して・描いては消してを繰り返しており、その女性の身体にはボリュームが感じられる。ピカソのような一発描きでフォルムを決める作家も居るが、マティスはヌードデッサンにおいても、フォルムだけではなく肉体のボリュームも表現している。絵画作品においても同じ様に、マティスは納得する空間が表現出来るまで、絵の具を削っては描いてを繰り返している。この4体の彫刻作品は、ボリュームを残しながらも対象を単純化する方法を制作の時期を変え・メディアを変えて確認していたのだと思う。 そしてマティスは極限まで対象を単純化はしたが、絵画作品として純粋な抽象画を描かなかったのも、対象を取り囲む空間やボリュームを表現したいという、こういった理由からだったと思える。

マティスの作品は抽象へと向かったが、描く対象をただ抽象化しただけではない。先のテキストに記載したように、簡略化することによって色彩の広がりを体感させている。また、単純化しても確かな存在感をもって描いてもいる。そこが同じような作品を描く他の作家との違いであり、巨匠と言われる所以だ。それが、この4体の彫刻作品を観る事で理解出来た。有意義な展覧会だった。観に行って良かった。

2023年 記

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