ポロックやニューマン、ルイスの作品は、観る事に没入する事によって空間が感じ取れる作品だ。一見しただけでは感知出来ないような空間で、それまでの 描かれた対象から空間を想像する絵画とは違う。その作品の大きさもあり、空間を「体感する」と言う表現の方がピッタリだろう。
ルイスのヴェール絵画の色彩は幾層にも重ねられ深みを増し、まるで 色彩が途切れなく続いている空間が眼前に立ち現れているような、目の前の空間に文字通りヴェールが幾重にも重なっているように感じられる。 その色彩は、ある領域を特定の色で埋める という従来の彩色方法とは違い、彩色するという行為に対しての考え方やアプローチ方法が全く違っている。実際に筆やナイフを使用して色を塗ってはいないし、ルイスも違う感覚で制作していたのではないだろうか。
そんなルイスの作品は、デュシャンが批判した「網膜のみに向けられた絵画」に該当するだろう。確かにルイスの作品には、ニューマンのような哲学的要素や宗教的要素はなく、また ロスコのように精神性も感じられない。あくまでも 絵画の問題のみ取り扱う事に徹底 している。だがそれは視覚のみに向けられた絵画かもしれないが、そこには独自の技法があり、網膜のみ と簡単には片付けられない 独自性と創造性、そして新しい空間 があり、正に今までになかった「新しい方法で空間を表現」した本当の中核的芸術作品だと思う。(因みにニューマンもロスコも、哲学的要素や精神性があるから素晴らしいのではない。当たり前の話だが、空間が表現されているから中核芸術として伝え残っているのである)
ところでルイス作品のヴェールと言う表現だが、作品サイズが大きく 享受する側を覆い尽くす感じは、私にはヴェールと言うよりはレースカーテンのように思えて 家内に話をした事があった。しかし 表現もヴェールの方が美しく、レースカーテンはルイスの作品には合っていない と一蹴されてしまった。言われてみれば確かにそうか。チョイスする単語にも、センスは必要らしい。
2022年 記
