若い頃、私の考える中核的芸術絵画とは違うタイプの絵を描く女の子の友人が居た。何時でも何処でもスケッチブックを取り出しては描いていて、彼女にとっては 大袈裟ではなく本当に 生きること=(イコール)描く事 だった。
神戸に住んでいた為 1995年の阪神淡路大震災で家が倒壊してしまったが、自身の生活もままならない中、驚く事に彼女は 瓦礫の中からスケッチブックとペンのみ取り出し、復興に向けて奮闘する人々をスケッチし始めた。そしてそのスケッチは、エッセイを添えて出版される事になった。 震災に負けずに奮闘する人々を笑いを交えて描いたその本は、自分や住んでいる街、人々との繋がりの大切さに気付かせてくれる素晴らしい内容だ。
この後 彼女は美大を首席で卒業し、海外で子供達へ美術を教えるボランティアに参加しネパールへ旅立った。一年間のボランティア期間が終了する頃 帰国の知らせが私にも届いたが、帰国する直前 現地での事故 に巻き込まれて唐突にこの世を去ってしまった。 彼女の死後、ネパールでの生活模様もスケッチとエッセイで出版された。異国で生活する事の壁に悩んだり 日本人である事を再認識したり、様々な想いや葛藤が綴られたその本は、彼女の思想が反映された内容だった。
神戸復興の本もネパールでの生活の本も もちろん中核的芸術作品ではない。だが、作者の想いを通して読者を自己の内面と向き合わせる という意味では中核芸術と同じ結果を生んでいる。 私は中核芸術とは素晴らしく、人類の英知の結晶だと思っているが「中核芸術でなければならない」とは考えない。彼女の作品や本のように 制作者の想いや生き様 が表れていれば、それは人々の心を打ち、作品に触れた人が自己を振り返る作品となり得る。
その若くしてこの世を去った友人の名前は「佐野由美」さん。 どんな状況であっても絵筆を取り、美術の楽しさを教える為には異国へも向かい、人にとって大事な事を作品で伝える。そんな彼女こそが 本当の「絵描き」であり、人々から尊敬されるべき人だと思っている。
2021年 記
