西洋絵画芸術の歴史を振り返り、過去に表現された空間の種類を考えると、大まかに以下2つに分類されるように思う。
A.キャンバスより奥の方へ、空間が広がっているように感じられる作品
B.キャンバスの上下左右や手前に、空間の広がりを感じる作品
上記Aを感じさせる方法は遠近法や陰影法など複数あり、技法も確立されている。写真のような写実的な作品が その一例で、一般の人にも分かり易いだろう。例えるならレオナルドやラファエロ、ファン・エイクなどの古典作品である。
上記Bの作家はモネやモンドリアン、ポロックなどで、殆どが近代以降の作家だ。しかしAと違って、素人眼に分かり易くはない。近代以降の、特に現代美術と言われる作品が一般の人に普及していないのは、描き方が写実的とは限らない事、又その手法の効果が認知されていない事などが影響しているのだろう。
以下、Bの作品群について多少記載し、少しでも皆が理解する一助となれればと思う。
Bの作品群は、更に以下に分類される。
①描かれた対象が細かく、複数キャンバス上で重なったり絡み合っている様相の作品
②描かれた対象が色相としてキャンバス上で大きな領域を占め、他の領域と並列した様相の作品
( 上記①②に分類されない作品も在るが、先達を引継ぎ展開し、極みへ到達したのは上記2つのタイプと思う )
①はセザンヌから分析的キュビスムへ引き継がれ、ポロックにて完成された表現法だ。
セザンヌの功績の一つに、対象を複数の視点で描いたことが挙げられる。それにより、空間が奥ではなく斜め上や手前に有るように感じられた。また、小さな面の集積で描きもした。モチーフを移し取ってはいるが、構成する要素に着目して絵画を制作したのがセザンヌだ。
分析的キュビスムはセザンヌの表現を更に推し進め、複数の視点からの描写を徹底してモチーフは認識出来なくなった。対象の視点は多数から成り、且つ片側のみ陰影を付けた小さな切り子面として描いた。一つ一つの面が角度を変えて凸凹しながら、浅い奥行きの中で浮遊しているようだ。
そしてポロックは小さな面すら無くし、線のみで描いた。白や黒など無彩色が主流で、その明暗により線自体で前後の奥行きを感じる。しかし線と線とが重なり合っている為に、物理的な重なりの前後と、明暗による見え方の前後がもつれ合い距離感が判らなくなる。また作品の大きさも関係し、無数の線で身体が覆い尽くされている感じを覚える。
セザンヌ→分析的キュビスム→ポロックへ引き継がれた表現は、簡単に説明すると こんな感じだ。
②の表現は複数のテキストに記載したように、ダヴィッド→ アングル→ドガ→マティス→ニューマン へと展開された。ダヴィッドなど近代以前の作家から継承されてきた手法の為、引き継いだ作家は多い。その表現方法は過去のテキストを読んで頂きたいが、簡単に説明すると “矩形の中で、一つの領域が一定以上の割合を占めている事による色面の広がり” となる。
①と②は表現方法は違えど、どちらの場合もキャンバスの奥ではなく、上下左右や手前に空間の広がりを感じさせる。そして真逆の表し方にも関わらず、最終的に観る者を包み込む同じような空間を表現しているのが面白い。
ところで、実は①②どちらも極みへ達したポロックとニューマンの作品を見ると、結果的に画面の様相は平面化されているのに気付く。
①のポロックは、無数の線が画面を覆い尽くす、多焦点による平面化
②のニューマンは、一つの色面が領域の多くを占めた、事実的平面化
つまりキャンバスの奥ではなく、上下左右や手前に空間の広がりを感じさせるには、平面を強調させるのが一つの手だった。ひょっとしたら他にも手段はあるのだろうが、今のところ平面化の方法以外で表現し得た作品は観たことが無い。 そして これ以降、平面化は空間を表現する手段の一つである事を理解せず、単に平面であれば良いと勘違いした作家が後に続いた。更には、空間表現とは別の価値観で制作したり、コンセプト在りきの作品が主流になり、新しい方法で空間を表現し得た作品は生まれていない。
私の考えとしては、違う価値観で制作しようとコンセプト在りきだろうと何でもOKだが、第一義として “新しい方法で空間を表現” してこそ、芸術絵画だと思っている。
2024年記
